田舎っぺの歴史 創業のきっかけ

query_builder 2024/12/21


田舎っぺうどん創業のきっかけ

田舎っぺうどんは、昭和49年に【料理屋田舎っぺ】(居酒屋)として、その歴史をスタートしました。

創業者である初代は調理師免許を持っていたものの、飲食店での修行経験があったわけではなく、魚をさばく技術や料理の知識もほとんど独学で習得したと聞いています。私たち子供から見ても、初代が正月に作ってくれる刺身や鍋料理は、プロのような洗練されたものではなく、どちらかというと豪快で温かみのある素朴な料理でした。それでも、その料理には家族を思う優しい気持ちがあふれていました。

初代はさまざまな仕事を経験しており、食品の卸業をしていたこともありました。その中で飲食業への興味が芽生えたのだと思います。そして、自ら家賃の安い店舗を探し、持ち前のバイタリティで改装を行い、「料理屋田舎っぺ」を開業しました。

近所の方々が訪れてくださる居酒屋としてスタートしましたが、思うように成果が上がらず、さらに道路交通法の改正で飲酒運転の罰則が厳しくなったことも重なり、居酒屋の営業を続けるのが難しくなりました。最終日の売り上げがビール1杯分の600円だったと聞いています。そのような状況下でも、初代は諦めることなく、次の道を模索し始めます。

その頃、初代が不動産業でつながりのあった師匠が、趣味で手打ちうどんを披露してくださる方でした。その師匠に教わりながら、わずか数回の練習で手打ちうどんをマスターし、看板を【手打ち[めんこ]の店 元祖 田舎っぺ】と改め、うどん屋として再スタートを切りました。

しかし、最初はほとんどお客様が来ず、奥様(おかみさん)が昼間に編み物をして過ごすほど静かな日々だったそうです。おつゆも一度に作った分がなかなか売れず、傷んでしまうこともありました。そのため初代は食品卸業を続けながら、合間を縫ってお店のメニューを考えたり、改良を重ねていたと聞いています。

やがて試行錯誤の末に生まれた【きのこ汁うどん】が評判となり、少しずつお客様の支持を集めるようになりました。当時のバブル景気の後押しもあり、営業のサラリーマンの方々を中心に人気が広がり、お昼時には行列ができるようなお店へと成長しました。

その後、北本店(2号店)や熊谷市の3号店が誕生し、田舎っぺうどんは少しずつ広がっていきました。しかし、田舎っぺうどんをモチーフにしたお店も増え、真似をされることへの複雑な気持ちや葛藤があったと聞いています。その中で、「田舎っぺうどんのスタイルをどのように守り、発展させていくか」という課題が浮き彫りになっていきました。

田舎っぺうどんの特徴である「手打ちうどん」のスタイルを貫くことは、実は非常に難しい取り組みです。うどんを打てるスタッフを育て、維持するだけでなく、お客様がご来店されてから茹でたてを提供するまでの時間を短縮する工夫が求められます。これは時間と労力のかかる作業でありながら、日々の営業を通して少しずつ改善を重ね、現在のような形に至るまで、多くの時間がかかりました。

また、このスタイルは、一定の集客がなければ成り立ちません。お客様が毎日安定してご来店くださることが前提となるため、「仕組み」と「お客様の支持」の両方がバランスよく成長しなければ、お店を続けていくことは難しいのです。

田舎っぺうどんが今日まで続けてこられたのは、初代の努力、家族の協力、そして何よりお客様のご愛顧があったからこそです。この奇跡的なバランスの中で、手打ちうどんを茹でたてでスピーディーにご提供できる仕組みが築かれてきました。私たちは、その土台に感謝し、これからも初心を忘れずに、田舎っぺうどんを守り続けていきたいと思っています。



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元祖田舎っぺうどん 本店

住所:埼玉県熊谷市代1061ー1

電話番号:048-521-8784

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